第1章

ここでは「食後酒の悦び」というテーマで、食後のお酒とともにくつろぎ時間を豊かにする様々なもの

について考えてゆきたいと思います。

【食後酒と音楽】

いわゆる‘酒を楽しむ’とは、五感を動員して酒を賞味することにほかなりませんが、聴覚については酒から補えないもの、そこに快い音楽があれば共存してほしい存在であります。

文化社会学においてはジャンルのことなる事物のあいだに照応関係、つまり相性を感じる精神の働きは、ホフマン(1814年出版 ドイツ)による文献が最初であるというのが通説ですが、近代以降では、エドアール・クレスマン(1968年出版 フランス)が著名です。

上記文献などから、具体的に酒と音楽の相性を考察した事例を以下に抜粋いたします。

◇厳粛なるオペラには極上のブルゴーニュ、喜劇風オペラの際にはシャンパン、ドン・ファンのように大いにロマンティックな作曲の際には蒸留酒。

◇モーツアルトには偉大なメドックの赤ワインを。力強い味よりは、洗練された風味の熟成に達したものを。

◇メドックの赤を若飲みする場合、サン・テステフかポイヤックACならラヴェル、サン・ジュリアンACならトビュッシー。マルゴーACなら、熟したものにはシューマンかブラームス。若いものには、フォーレかセザール・フランクの一派の音楽を。

◇ワーグナーの音楽に対抗できるものは、力強い味わいのシャンベルタンかクロ・ド・ヴジョ。

◇マスネやビゼーのように生き生きして、軽快なタッチの音楽には、アントル・ドゥ・メールかミュスカデの白。

◇ジャズにはスピリッツ。コニャックにデューク・エリントン、アルマニャックにビル・エヴァンス。ディキシーランドに向くのはバーボン。ポップミュージックに向くのはアニゼットタイプのアペリティフ。

◇茶褐色を含んだブルゴーニュの上物となるとサラ・ヴォーンのよう。芳醇なブーケ、秘めた華やかさがサラ・ヴォーンの歌声にぴったり。

◇シャンパンとタンゴ、テキーラとロック・ミュージック、ピンガとボサノヴァ、デューク・エリントンとブラック・アンド・タン。

上記はほんの一例ですが、酒と音楽、のみならず音楽と美食学について、お客様各人が個々の見解で、その相性を語り合えるきっかけになればと思います。たとえば、オペラとショコラーデ・リケールについては、次のような相性はいかがでしょうか。

「ペパーミント・ショコラーデ」

ヴェルディ「リゴレット」より‘女心の歌’

甘さでいうならロッシーニ、でも私はあえてヴェルディの「リゴレット」の苦さをも内包する雄大なスケールの味わいを期待します。(作曲家・ピアニスト 西山葵耀古氏)

「アマレット・ショコラーデ」

ドンゼッティ「愛の妙薬」より‘人知れぬ涙’

彼女に愛されたなら死んでもいいと歌う男性の複雑さと背後の崇高さがアマレットと好相性。

「ノアール・ショコラーデ」

ビゼー「カルメン」より‘おまえの投げたこの花束を’

甘美なセリフに内包される硬派な感情表現が、単なる甘さだけを露出しないリケールを思わせる。

参考文献;『洋酒うんちく百科』福西英三 河出書房新社

『匂いの帝王』チャンドラー・バール 早川書房